八月に咲く

阿部顕嵐くん

夏をつれて19

阿部顕嵐くん、お誕生日おめでとうございます。いとめでたきかな!19歳、私のひとつ上です。(どうでもいい)

 

しかし顕嵐くんが夏に生まれたことには納得せざるをえない。ほんとうに夏がよく似合う人。きっと顕嵐くんのいるところにはいつも夏があるんだと思う…今日はあいにくの雨だけれど。

 

気高くも愛らしい、かっこよくてかわいい、自分に厳しいけどどこか抜けている顕嵐くんが大好きです。ほんとうに大好き。

 

EXでの様子をちょくちょくTwitterさんのほうで覗き見してみると、顕嵐くんはやっぱりアイドルだ、と当然のことを思ったりする。

 

顕嵐くんの輝ける場所がもっともっと広がって、いろんな人の前で咲くことができますように。

 

今日は誰よりも輝いて、そして誰よりも幸せでいて。きっとどこかでたくさんの愛をもらって、またひとつかっこよくなってくれたら、私は嬉しいです。

 

今日を限りに夏は終わるけど、また来年、20歳になるころもう一度連れてきてね。1年、待ってます

 

 

阿部顕嵐の未来に、幸あらんことを願って!

 

 

Umiko

制服夏祭り

なんで受験って高校生最後の年にあるんだろうね?と愚問を重ね重ね、浴衣も水着も線香花火も諦めた。

夏休みといっても受験生なので、毎日朝から学校にいって夜まで勉強。友達と食べるお弁当と友達といく帰り路だけが癒してくれる。時々外食するのが唯一のイベント。

特定の仲良しを作らずあちこち放浪しながらうまいことやってきた私とはいえ、やっぱり気の合う仲間がいるのはこういうときに心強い。

 

前々から何人かで話をしていた。遊べない夏なんてくそくらえ!1日くらい、遊んだっていいじゃないか。でも花火も海もだいぶ後ろめたい。だったら夜帰りに近くのお祭り寄らない?さんせーい!、と、いった感じで。

 

みんなもう3年着古した制服を脱ぐのが惜しい惜しいといって、事あるごとに(たとえばオープンキャンパスとかでは)制服を着たがる。私もそう。永遠にこれをまとって街の中で輝いていたい。去年の文化祭で汚したスカートは間違いなく一張羅だ。

 

屋台が立ち並び、綺麗な浴衣美人とその彼氏や、それから無理やり浴衣を着せられた子供たちとその親の入り乱れる中で。制服を着た私たちが一番美しかった。と思う。

 

私は、いつもよりみんなの少し後ろを歩いていた。みんなの背中は、"JK"として最強の美しさを誇っていた。

ひとりが、海子、ついてきてる?と私をばかにするように言う。そうするとみんな振り向いて、いるいる、よかった、ふらふらしちゃだめだよ!と笑う。人に知られで、私は泣きそうになる。

 

不安と焦燥のカオスの中で、秩序をたもって歩く私たち。大好き!とか最高の友達!なんてよくある女の子の仲良しではないけれど、何も言わなくたって、なんとなく、分かる。

 

どうか、みんなの夢が叶いますように。

 

制服を脱いだ私たちも綺麗でありますように。

くじけそうになったときは、

 

Travis Japanの顕嵐くんはこの夏が最後かも、なんて言われたら、六本木にいきたい気持ちが強くなる。

残念ながら好きになるのが遅すぎたせいで、チケットはない。だから今年は受験生らしく、毎日勉強に励むことにする。

 

 

高校2年まで自堕落な生活を送っていたおかげで、テストのたび学年順位は常に最下位から20番以内をキープしていた私にとって、受験とはそれほど恐ろしいものはない。

 

でも、顕嵐くんを見てから少し変わった。顕嵐くんを見て頑張んなきゃと思うようになった、なんて綺麗なものよりかは、今年頑張って来年いっぱい顕嵐くんが見たい!という単純なものが大きい。

 

おかげで、期末テストの結果は中間テストに比べてはるかに良くなった。一番成績が上がったのは英語のリスニングで、200人中137位から42位に上がった。もともと得意だった日本史は学年で10位になった。

 

頑張った自分えらい!よりも、顕嵐くんすごい!と思った。というより、アイドルってすごいなって思った。

こんなに人を動かす力があるなんて、これが夢を与える仕事ってやつなんだなあと納得した。

 

お母さんや先生や友達に何言われようと何もしてこなかった自分には腹が立つけど、あのタイミングで顕嵐くんに出会えて、改めてほんとうに良かったと思える。

 

 

今日、WESTの藤井流星くんファンの友達が、雑誌WinkUpのある1ページをくれた。

f:id:UmikoAran:20160720225042j:plain

やさしい友達に恵まれた。くじけそうになったときは、私のこと思い出してがんばって!なんて言ってくるから何かと思った。

確かにきっと、彼女のことも顕嵐くんのことも思い出して、どんなことがあってもがんばれる気がする。

 

そしてやっぱり綺麗なことを思う。顕嵐くんが頑張ってるんだから私はもっと頑張ろうって、ベタなことを思う。

 

この夏はあなたに負けないくらい、強くなれる夏にするよ。

 

 

 

 

帰る場所

知れば知るほどTravis Japanって素敵なグループだな、と思う。ほんとうに今更な話だけど。

私が落っこちたのはLove-tuneの現場で、それをなくしてはTravis Japan阿部顕嵐を知ることもできなかったと思うと、非常に無慈悲。

もちろんどちらの顕嵐くんもかっこいいことに変わりはない。けど、顕嵐くんの気持ちが気になるところ。

 

 

私は中高一貫校に中学のときから通っていて、引退するまでまるまる5年間オーケストラの部活に入っていた。

 

中学1年で楽器を決めるとき、希望用紙が事前に配られたので、第一希望にチェロ、第二希望にパーカッションと書いた。リズムの重鎮に憧れていた。(コンバスは向いてないと言われた)

 

委員会があったので楽器決めの話し合いには途中から参加した。さあ私も話し合いに入れてくれ、とチェロ希望者の輪に入ったら、「あなたはもう決まってるよ」と言われた。

 

そこに先生が駆けつけてきて、「第二希望になっちゃうんだけど、どうしてもパーカッションはやってほしい。その代りチェロも掛け持ちしていいから」と言う。

第三希望までにパーカッションと書いたのが私しかいなかったらしい。

はあそうですか、と難なく受け入れた。そういうのもアリなんだな、と思ったから。

 

いざ先輩たちの前で自己紹介をするというとき、私が担当楽器をいうとざわめいた。すごいね、できるのかな、と囁く声が聞こえる。どっちも未経験ですというとみんな不安そうな顔をするので、すごく怖かったのを覚えてる。

 

いろんなことを言われた。「ドラムやってた○○さんが掛け持ちしたらよかったんじゃない?」とか、「経験者じゃないのによく2つもできるね」とか。

 

パーカッションの先輩に「この曲は必要ないからチェロにいって」と言われチェロにいくと「もう人数申請しちゃったからパーカスに戻って」と言われたりしたこともあった。

 

どっちにも必要にされてて羨ましいという同級生がいたけど、実際はどっちからも必要とされてなくて、結局中3になって後輩が入ってきたのを機にチェロ1本になった。

 

チェロひとつになってからも先輩には嫌われたままだったのがつらかったけど、楽器をするという楽しさは一変した。チェロひとつに絞ってからはほんとうに楽しかった。

 

 

 

こんなことがあったので、顕嵐くんは必要とされているんだろうかと勝手に心配になる。傍から見ればどちらからも必要とされているようにしか見えないけれど、本人の実感としてはどうなんだろう。

 

どっちつかずで、心地としてはどちらにも必要とされていないなと感じていたら、きっとすごく辛いんだろうなーなんて思う。私がそうだったから。

帰る場所は2つ以上あると不安になるから、たった1つでいい。1つがきっといい。

 

今までもユニットの流動があったとはいえ、常に顕嵐くんの"帰る"場所は1つで、確かだったはず。

それが不確かになってしまった、そして、それを手放すことになるかもしれない今。

 

どんな気持ちでいるんだろう?と。…想像すると、たまらなくなる。

 

 

 

「若者のすべて」

(たぶん)初めてアイドル誌を買った。POTATOの8月号。も少し悩むつもりだったけど、近所の本屋にたった1冊残されていたそれの中に顕嵐くんを確認して、足早に買ってしまった。

 

こんがり焼ける肌に憧れていた私にとって顕嵐くんの色白+活発な女の子好き発言には救われた!(ただし本気で活発なので1日遊ぶと肌は真っ赤)

 

それよりなにより、一番痺れたのがこれ。

 

顕嵐「フジファブリックの『若者のすべて』とかグッとくるな。」 

 

こういうなんでもないような一言って、こんなにも同じ時代の同じ世界に生きてるんだって実感させてくれたりするものなのか。

メンバーにはスルーされていたけど、ちょっぴり涙ぐむくらいに痺れた。

 

 

ここからは私の思い出備忘録になる。

 

確か、私がこの歌と出会ったのは中学2年生の夏前ぐらいだったと思う。初めてお付き合いした方がフジファブリックのファンで、彼のうちに遊びに行く度よく聴かされたけど、いまいち好きになれなかった。

 

若者のすべて」は彼のお気に入りの1曲のうちのひとつだった。あんまり印象に残らない歌だねなんて言うと、お前はまだお子様だからと馬鹿にされた。地元の友達のお兄さんで、3つ年上の、当時高校生だった彼はすごく大人に見えた。高校生になった今思い返すと、そうでもないんだけど。

 

自分の恋愛を語るのは今も苦手。友達にも、最後まで秘密にしていた恋だった。(あまり仲良くない友達にデート先で遭遇してバレたことはあったけど。)

最初は彼のことはちっとも好きじゃなかった。告白されてなんとなく付き合うと、瞬く間に好きになった。結構自分はチョロいんだなあと少し悔しくなったけど、悪い気はしなかった。

 

3回訪れた夏のうち2回は二人で海にいった。くだらないことをして過ごす時間と、くだらないことをして楽しそうな彼が大好きだった。

念入りに塗ったはずの日焼け止めむなしく、夜には顔や背中を真っ赤にして帰った。

 

2年とちょっとお付き合いして、彼が浪人生になった年、私はフられた。

勉強に集中したい、待たせたくないと言われたけど、私のほうはいくらでも待てたはずだし、そんなのどうせ別れるための後付けに違いないって分かりきっていたのに、ちっとも抗わずに、「わかった」と。ただそれだけで私たちはそれっきりになった。すごく後悔した、初めての恋愛だった。

 

 

そこから今まで「若者のすべて」は聴きもしなかったし、曲名の字面だって見たこともなかった。ずっと無意識に、心の奥の、奥のほうへしまいこんでいたんだと思う。

 

まさか、つい先月好きになったアイドルがそっと引っこ抜いてくれるとは思わなかった。

 

ありがとう!と心から言いたい。くそ、嫌な思い出引っ張り出しやがってとは思わなかった。

あっけなくフられたし、しっかり向き合わなかったことには後悔してるけど、それでもまったく、嫌な思い出じゃなかった。

それなのにどこかプライドにつけてずっとしまいこんでた。忘れなくたっていい、忘れない方がきっといい思い出を、顕嵐くんが、ほんの一瞬で私の目の前に差し出してきてくれた。

 

これは奇跡かな。それとも、男の子はたいがい「若者のすべて」が好きなんだろうか。とすると、次に出会う男の子も好きなんだろうか。なんだか、そうだといいなって思う。

 

 「若者のすべて」久々に聴いたらほんとにグッときた。今年の夏はきっとやみつきになる。

ジャニーズJr.とFIRE BEAT

NHKホールで顕嵐くんに落っこちた新参者だけど、ジャニーズJr.の魅力なら友達に散々聞かされたものだった。(少クラだってその友達に半強制的に付き合わされた)

聞かされた、付き合わされた、と失礼な表現を重ねたけど、今は彼女にとても感謝してる。顕嵐くんに出会わせてくれてありがとう!いや、初めて見たのは近キョリ恋愛のときだったんだけど。今はこんなに好きなのに、あの時はどうしてかちっとも響かなかったの。ほんとに何があるか分からないよね。近キョリの話題になればいつも岸くん派を名乗ってたおんなだよ。

 

まあ、前説芸人はおいとまして。

 

改めてあの放送を繰り返し、繰り返し見て。なんって歌詞だ!と。(某芸人)

説明の必要がないくらいに、FIRE BEATの歌詞とジャニーズJr.の親和性が高くて驚いた。本家キスマイ兄さんもJr.時代から大事にされている楽曲なんだとか。

 

あのステージに立ってこれを歌ってきたすべてのジャニーズJr.が、自分の中にある焦りやら(良い意味での)自己顕示欲やらを、その歌詞のすべてとやりつくせる限りのダンスと歌に託してなんとか生きてきた。んだと、思う。

 

Jr.はいつ辞めてもおかしくないから、と私たちのキューピットが言う。ここの辺りはファンじゃなかった今まであまり詳しくなかったんだけど、ジャニーズJr.は事務所を辞めても公に発表されないらしい。初めて知って衝撃をうけた(※ジャニーズファン界隈では常識)。

まあそれもそうか、とも思う。きっと言い出したらキリがないだろう。見えないところでもどんどん人が消えていってる。仕方ないけど、残酷な話だ。

 

たとえメインで歌ってたとしたってあの踊りよう。とても余裕ぶっこいたやつらだなんて思えない。Jr.の魅力ってこれかあ!とひどく納得させられる。消えてしまうかもしれないという代償は、限りなく大きいけれど。

 

でもさ、あの歌を真ん中で歌った、本物の大歓声のなかで「グズグズしてる場合じゃない」って言った顕嵐くんは、ずっとここにいてくれそうな気がするんだよ。

そう思って、「顕嵐くんはぜったい辞めない」と真剣に言ったら、キューピットが笑った。みんなそうやって思ってるんだよって。すこし怖くなった。

 

そうか、みんな、信じてるから応援してるんだもんね。

 

つい最近、受験生の私に「人はいつ死ぬか分からないから毎日後悔しないように生きろ」という文章が飛び込んできて異様に腹が立ったのを思い出す。

明日死ぬかもなんて思いつづけて生きてたら将来のために勉強なんかしてないよ!って思った。

 

辞めると分かり切ったジャニーズJr.を応援する人がいるんだろうか。きっと好きな人がどんなに端っこにいたって、「一瞬のチャンス」を掴んでくれると信じてるに決まってる。

 

ジャニーズJr.の趣深さがはかりしれない。受験期にトンデモない沼にハマってしまった。

叶えてもっと大胆に

学校のロビーに大きな笹が飾られた。今年でこれを見るのも最後なんだと物寂しさを感じつつ、いつもみたいにピンクの短冊を手にしてみてからじっくり叶えたいことを考える。

これ書くのも最後だよなんて友達が言うから、また寂しくなった。それでも旅立たなきゃいけない不安、それから少しの希望で「浪人しませんように」とまあ夢のない表現をほどこした。

 

帰ってから昨日のザ少年倶楽部を見た。4日間にわたるテストが今日でようやく終わって、気分爽快なまま見る顕嵐くんはやっぱり最高だった。

 

この収録を会場で見てから約1か月。例の瞬間は、何度思い出しても鳥肌が立つ。

 

大歓声に迎えられた顕嵐くんの、生き生きとするすべての中にあった、ほんの、たったこれだけの焦燥感に胸がきゅっとしめつけられた。

顕嵐くんの居場所がここでよかったと切に思う。本当に本当に、顕嵐くんがアイドルでありジャニーズであることが嬉しくなった。そして同時に切なくもなった。

 

こんないい男がジャニーズでなかったらどれだけ幸せだっただろう!

 

だって、あんなにカッコイイならもしかするとステージに立たない方がちやほやしてもらえたかもしれない。何のうしろめたさも感じずに、いちばん好きな女の子と手を繋いで好きな街を歩けたはずなんだ。

 

ただ、ジャニーズでなかったらこんないい男になりえなかったかもしれない、とも思う。そして何より、ステージに立つ顕嵐くんは(私には)殊の外幸せそうに見える。

だから私はやっぱり嬉しい。このまま永遠にかっこよくなり続けてほしい。ステージの上で、ジャニーズとして。

 

あの日あの瞬間、世界の一端、といってTOKYOを牛耳ったのは顕嵐くんだ。間違いない。異論は認めない。

 

いつかはきっと、世界中のおんなたちを虜にして、ある種の世界征服を成し遂げてほしい。アランの名前は世界に通用するんだって。きっとそこかしこからあらんあらんと呼ばれ愛されればいい!

 

 

2016年、いちばんの願い事を託して。

 

 

Umiko: